2015年新春  初日の出~凧揚げ

福島県と山形県の境にある吾妻山が地震性微動が発生しているとか・・・・。現在、鹿児島の桜島が噴火中。昨年の御嶽山の噴火の例もあるし、あちらこちらで火山噴火と言うのは遠慮してほしいものです。 2014年大晦日。 KIDSに『初日の出」ポイントの希望を聞くと・・・・。 「海に行きたい」との返事。 地元の「水石山」から見るのも良いと思っておりましたが、海岸線へ見に行くこととしました。 元日の日の出は6:50分ごろ。 30分ほど余裕を持って近所の海水浴場へ行きますが駐車場が早くもいっぱい。それならばと隣町の海水浴場へ向かうと幸いな事に未だ空いていた。 せっかく温まったアウトバックの室内に別れを告げ海に向かう。
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≪テトラポットに大晦日に降った雹の痕跡が≫
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≪妹ちゃんの好きなハートマークも。これはヤラセじゃありません≫
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≪周囲見渡すと日の出を拝みに来た方が結構いらっしゃる≫
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≪掛け軸風に・・・・
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≪一度雲に隠れて『天使の梯子』をたくさん降ろします≫
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≪はっきりと姿を見せた所で、みなさんキッチリと願をかけておりました≫ 駐車場へ戻るとな・なんと・・・、今年初めてのスバルの法則が・・・・。我がアウトバックの隣にインプレッサが・・・・とびっきり良い年の予感がします
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≪知っている人は・・・いるんだな~と勝手に都合の良い解釈≫ 初日の出を拝んだ後は飲んで食べて・・・ゴロゴロ。 「こりゃいかん。」と立ち上がりBOφWYSを連れて海まで散歩。
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≪元旦から結構海で遊んでいる方がいらっしゃいます≫ BOφWYSもノビノビと凧揚げ。
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≪風を得るためにダッシュする弟君≫
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≪お兄ちゃんも負けじと・・・・≫ 珍しく風が弱く、走らないと凧が上がらない。弟君が汗だくだくで走った。走った。頑張った。
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≪風の痕跡が・・・・。砂浜に描かれたリアル地形図≫ 凧を揚げて・・・・、波に追われて・・・・、散歩中の犬と戯れて・・・・。飼い主とおしゃべりして・・・・。ラジコンバギーの走りに一喜一憂し、気が付くと厚い雲にお日様が隠れておりました。それと同時に冷たい風が体の熱を奪ってゆきます。
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帰宅前に『道の駅』の中に入っているコーヒーショップで体を温めます。
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帰り道、母校である小学校前を通ると、妙に懐かしさがこみ上げてくる。ここからはBOφWYSと一緒に小学校時代に帰宅に使った通学路を行く事にした。ポイントでのエピソードや地元の名所。 見晴らしの良い所で寝転んで休憩していた(要は道草?)思い出など・・・・。当時の私と同じ行動をBOφWYSも取ってみると「うわ~。海が見える」「見晴らしが良い~」と歓声が・・・・。年甲斐もなく私も・・・・。ほとんど変わらない風景を我が子と3人で見る事が出来たことについて、父として喜びとも感動とも、どちらとも取れないような・・・・どちらとも取れるような・・・妙な懐かしさを感じた。 今年の出だしはやはりGOODじゃないですか! と自画自賛。 今年も初日の出を拝む事が出来ました。 私的にも皆様的にも・・・・、日本的にも世界的にも・・・・・。 今年は良い年であるようにお祈り申し上げます。

2015年 ごあいさつ

明けましておめでとうございます。 今年の初日の出ポイントはいわき市の波立海岸【はったちかいがん】。 夕べの雷と雹が嘘のような穏やかな初日の出となりました。 皆様におかれましても良い年でありますよう、今年もよろしくお願い申し上げます。
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一年間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

本日、今年最後の勤務が終了しました。 27日で終わってくれれば・・・。とは思いましたが、悲しいかな、私はサラリーマン。 28日、29日には27日に勤務終了の近所のパパ友と話しをするうちに気持ちが休みモードになっていく。30日の勤務まで現実モードに戻すのに大変でした(気持ちが弱いだけなのだが・・・)。 とにかく、一年間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。 また、来年もお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。 クリスマス前に実家に帰った際、撮ってきた写真です。
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《道の駅”よつくら港”》 カニ汁とノドグロの干物が振舞われておりました。 ごちそうさまでした。 この日は風が強く、海のうねりも凄かった。
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《道の駅”よつくら港”のテラスから海側を見る》 ここには防潮堤ができる予定だとか・・・・。 震災の傷跡も分からなくなってきました。
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《豊間中学校のある薄磯》 ここは広域に渡り、ガレ花が描かれた基礎が残っています。
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《薄磯海水浴場》 地盤沈下でここも海が近くなっております。 波も高く寒かった。 地域によって問題は様々。 来年は皆様にとって良い年でありますように。  

《震災復興》道路の整備に1年9ヶ月、解体に2年

台風が通り過ぎた辺りから素晴らしい月が見えております。 明るくて、丸い月。 窓を開けていると秋虫の大合奏。 今年は、家の中へカネタタキが多く侵入して来ていますが、あまり気にしない優しい音色を聞いております。
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《台風一過の日の月》
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《月の拡大。16日はこのような形でしたが、今は真ん丸です》 8月に実家へ帰省した際、近所の写真を撮ってきました。昨年の8月の写真と比較して下さい。
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《2013年 8月》            
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《2012年 8月》
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《2013年 8月》            
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《2012年 8月》
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《2013年 8月》            
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《2012年 8月》
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《2013年 8月》            
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《2012年 8月》 道路整備が完了したのが昨年の12月、震災から1年9ヶ月が経過しておりました。で、家屋の解体が始まったのは今年の3月、2年目にしてやっとのこと。遅くはありますが、前に進んでいるようです。 解体や整備が進んでまるで違う土地へ来たかの様。放射能汚染で避難してきている方達は帰宅するたびに、記憶にある故郷との変化に戸惑うんだろうな・・・。 刻々と自然化していく彼の地への愛着が薄れていくのかも・・・・・。最近のアンケートでは帰宅を諦める声も多くなってきているようです。これって簡単に文字にしておりますが、かなりショックは大きいんですよ。 そして本格的に海底汚染状況の調査が始められるようです。             海底汚染の状況把握 セシウム濃度調査開始  原子力規制委員会は18日、東京電力福島第1原発事故による海底の汚染状況を把握するため、本県沖の約1000平方キロで海底の放射性セシウム濃度の測定調査を始めた。周辺海域ではこれまで研究機関などが地点ごとの調査を実施したことはあるが、規制委はセシウムの拡散状況を面的に分析することで、魚介類の安全性を判断する際の基礎データとする狙いがある。  陸上では航空機などを使って効率的に汚染調査が進められているが、海域では遅れていた。規制委は船を使い、測定器をえい航して総距離約600キロを調査する。 (2013年9月19日 福島民友ニュース) オリンピック招致に成功したのは嬉しいことですが、「放射能汚染水は完全にコントロールできている」と世界に向けて表明した方がいるそうです。最近はフルアーマー装備で1F(東京電力福島第一原子力発電所)の調査にも来たとか・・・・。コントロールできているのにフルアーマー装備とは。ちょっと説得力が無いような気がするんですが。 東京電力には汚染水コントロールに限界があるのは誰もが感じていること。いつまで、東電に任せているのでしょうか??? お金の準備はした様ですが、その後はどうやるの?
posted by アウトバックダブルアール at 08:04Comment(0)TrackBack(0)

《震災復興》お盆 実家の海の花火大会

帰省の最終日、町の花火大会がありました。 町の花火大会ゆえに決して規模の大きいものではありません。 打ち上げは20時の予定ですが、19時で結構人が集まっています。
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東日本大震災から2年5ヶ月。 毎回、この地の花火は鎮魂の意味が込められております。 打ち上げ前のイベントも盛りだくさん。 郷土芸能 【じゃんがら念仏踊り】を筆頭に よさこい踊り いわき市長の挨拶
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震災の時、我々の物資移動を手引きしてくれた坂本市議会議員
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「その節はお世話になりました。」 そしていよいよ始まり。
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派手さもなく、大きさもなく、時間も短いがとても味があった なかなか始まらない花火に  待ちきれない観客が「早くやれよ」 大きな花火が上がると  「大爆発だ~」と子供 仕掛け花火を見て  「じいちゃんのション○○みたいだ~」と子供 それを聞いたじいちゃん  「俺はあんなにだらしなくね~」 なかなか派手なのが上がらない時間帯に  「派手なのやれよ」 一言言葉が発せられるたびに、観客席は大爆笑。 私が妹ちゃんの年齢だった頃、亡くなった祖母とこの階段席で花火を見た。 放射線の問題は残っているが震災後、同じ場所で同じことを、自分の家族と出来るとは思わなかった。 家族に感謝・・・・・。 地方ならではのみんなで作った花火大会。 味のある、大変楽しい時間でした。 これでこの地の夏のイベントは全て終わりとのこと。 ふるさとの復興を祈ります。

【震災復興】「道の駅よつくら港」と「大川魚店」と「松の月」のそば

この前の記事で地上1Mの放射線測定値が0.27μSv/h、0.66μSv/h の画像を載せましたが、その様な数値ばかりではありません。 風通しの良い所は確かに低い数値になっています。 いわき市内はこんな感じの表示です。
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《by いわき市HP 左クリックで大きくなります》 ムラは消せませんね・・・・・。 午後からはここの初売りです。
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東日本大震災津波の被害にあいましたが、去年8月にグランドオー プンしました「道の駅よつくら港」。 おもいっきり地元に浸って来ました。 両親、兄妹、一家でみんなで昼食。 私的には、津波の被害があった新町商店街にあったそば屋さん 「松の月(リンク)」がここで開業 していたのが非常に嬉しかったですね。 大正時代からこの地で営業しているそうで、なかなか歴史の感じる 味です(どんな味だよ?)。 地元では「カレーうどん」と「鳥そば」が人気・・・だと思います。私も この2種類が大好きです。
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《大正時代からの味を道の駅の中で継続していました。》
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《カレーうどん。    食べてしまった後で写真を撮っていないことに気がつきました
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《お腹いっぱいだったのですが、無理やりトリそばです。》 いや~。うまかった~。 あまさけやとか面川商店とかあった新町で の開店を期待したいなあ。 物心が着く前から馴染んだ味です。このうどんの味には祖母との思 い出がたくさん詰まっており、いつまでも守って欲しいと思っております。 普段、かなり私は少食なのですが、次の帰省がいつになるか分から ないので無理矢理胃袋に懐かしい味の「うどん」と「そば」を詰め込み ました。 食事後はもう苦しくて苦しくて
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《2階テラスからは震災で傷着いた漁船が見えます》 食事後は、地元の応援グッズを購入。
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《3種類ほどあったTシャルのうちの一つ》
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《胸のマークは、「よつ倉」と書かれています》
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《背中には「海」と「道乃驛」、「よつくら港」と書かれています》 そして缶バッチ
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《道乃驛が背景になっています》 そして帰りは同じく地元の魚屋で我が家にお土産を購入。
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《大川魚店》 秋刀魚の干物とみりん干し。海苔、活ホッキガイとサザエを購入。 魚を知りつくしているだけに干物や麹漬けなどはこれしかないタイ ミングで仕上げており、ホントうまいですよ。 翌日からはこの魚達が我が家の食卓の主役になったのは言うま でもありません。 地元を離れた親族への贈り物はここの魚を送っています。 で、購入した貝達は帰宅後に七輪で炭火を起こして浜焼きに…。 もう、死んじゃいそうなくらいうまかったです。
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《青森産ホッキ貝 1個110円です。安いでしょ

【震災復興】帰宅日にちょっと地元の四倉をぶらぶら

昨日までいわき市石炭化石館、いわきららミュウと行って来ましたが、 この日は正月2日。 この日が帰宅日だったんですよ。 最終日の午前中は、町内をぶらぶらと・・・。 復旧??? 復興???状態がど~しても気になって・・・。 仁井田浦キャンプ場付近
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《海沿いの瓦礫置き場。ずっと南に続く瓦礫。このままなんですよ》
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《上の写真を北側に見ると、地震後の沈下具合がわかります》 私が子供の頃、ここで蚊に刺されながらイシモチを夜釣りで狙ってい ました。  四倉港の沈下も凄いと思いましたが、北も南も海岸線は結構目立つ んですよね。 これが岩手県から千葉県までの海岸線と、内陸の海側への地面の 移動規模を考えれば、人間の力なんて本当に小さいものに見えてき てしまいます。 相変わらず津波被害の家は、基礎しか残っていません。これも 被災地各県共通なんでしょうね。 で、近所の自宅へのアプローチ。
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《今年の正月はこんな感じになっていました》                       
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《去年の8月はこんな感じ。おおっ!治ってるじゃない?》 と思ったのですが。 よく見ると・・・。
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《水が溜まっている・・・。これって・・・埋めただけ???》                        
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《だってほら・・・。これが8月・・・》 で、同じ所を方向を変えて見ると・・・。
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《土を盛ってならしただけ??               これじゃ重機も入れないね。まだこのまま?》                         
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《で、去年の8月・・・》 しかしながら・・・工事中の看板も立っているし、車が入れるように なっただけでも大幅な進歩だなぁって。思いましょう!! きっと次に帰省する時には完全に治って、被災した家は取り壊さ れて・・・。と信じたい。 地震、津波の被災地であればこれで終わりますが、ここは福島県。 もう一丁・・・。 こんなことも必要です。
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《竹やぶを測定してみると・・・》                           
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《8月の測定値はこちら》 ほとんど変化はありません それでは敷地内の壁沿いは・・・?
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《あれ? 8月と比較すると上がった? しかも除染数値になっている?》                            
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《8月の敷地内の測定値》 アンビリーバボー。 放射線値は夏と比較すると殆ど変化ないですね。 放射性セシウム134の半減期は2年。 放射性セシウム137の半減期は30年。 セシウムの半減期が理由で埼玉県の加須市に避難した双葉町長も 帰町目安を30年としましたね。 30年なんて・・・とてつもない時間ですよ。 後2ヶ月でF1の事故から2年です。 少しでも被災地が復興?? 復旧?? のために前に進めるように 祈りたいと思います。 身の丈支援も忘れませんよ。

【震災復興】テーマ的には震災格差  相手の立場を理解しながらも・・・・

被災地ではこんな問題も発生しております。 本当は助け合いたいのですが、格差を考えると・・・・。 東日本大震災で地震、津波、原発事故の被害、そしてF1(東京電力 福島第1原子力発電所)周辺の住民が数多く避難してきている福島 県いわき市の問題。
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《仮設住宅団地の看板です》 分かりやすく言えば、「四倉町(よつくらまちおにごえ)鬼越にある 広野町(ひろのまち)と川内村(かわうちむら)の応急仮設住宅団地 です。」となります。 広野町、川内村ともにF1周辺にあり「緊急時避難準備区域」になっ ている所です。 それらの所から、15キロ~20キロ離れたいわき市四倉町の仮設 住宅で避難生活をしている方々と、津波で財産を失いながらも、仮 設住宅に住みながら仕事をして生活をしている地元の方々との問 題です。 ------------------------------------------------------ ●仮設で深まる溝 「なぜひっそり暮らさないといけないの?」  JRいわき駅前の「自由党」の看板に始まり、仮のまちを望む双葉 郡の原発避難者らに会って、選挙を考えた。地元いわき市民に焦 点を当てると、430人が津波や地震で命を落とし、8千人以上が今 も避難生活を送る。  津波にさらわれ、住宅の土台が剥(む)きだしになっている四倉 町。海岸から1キロほど離れた駅の西側に昨秋、280戸の大規模 な仮設住宅ができた。四倉の被災者もここに避難していると聞き、 訪ねた。  入り口の看板には「広野町/川内村」と書かれているだけだ。敷地 の真ん中には川内村の認知症患者向けの施設が整う。談話室の入 り口を開けると、カラオケを楽しむ人たちの歌声。輪投げを楽しむ十 数人のお年寄りの笑い声も聞こえる。広野町の女性ボランティア2人 は、町民宅を1軒ずつ歩いては安否を気遣い、ユズを配っていた。  その向こう。敷地の北側を40メートルほど進むと、人の出入りが途 端に少なくなる。この5棟が、四倉の人たちの仮設だった。  ●「間借り」身分  約30世帯、60人ほどが暮らす。横の集会所は無人で、掲示板には 何の張り紙もない。郵便配達員がバイクで回っていた。書留や小包を 届けようとしたが、留守宅が多く、不在票を投函(とうかん)して去って いった。  四倉被災者の班長をしている鈴木光子さん(58)が事情を教えてく れた。「日中に四倉の人がいない理由が分かりますか? 生活を維持 するために働きに出ている人が多いからですよ」  四倉は東京電力福島第一原発から35キロ。わずか5キロ遠いだけ で、給料補償や月々10万円の精神的賠償は受けられず、9月には医 療費の無料措置も打ち切られた。原発避難者と津波被災者の格差は 広がる一方だ。  鈴木さんは仮設から車で3分ほどの国道6号近くに住んでいたが、 津波で1階部分が流され、全壊。工務店を営んでいた夫の豊茂さん (60)は現在、近くの親戚宅に事務所を構え、仕事を再開していると いう。  鈴木さんがここに住み始めたのは1年前。それまでは15キロ離れ た別の仮設にいたが、「地元に仮設ができると聞き、市に懇願して引 っ越せました」。県によると、この仮設は広野町と川内村の要請で建 設されたが、余裕が出たため、いわき市が広野から特別に約30世 帯分を借りた。鈴木さんたちは「間借り」している身分。その存在は入 り口の看板に記されない。  「四倉に移る手続きをしたとき、市からは『いわきの人が四倉の仮 設にいると口外しないでほしい』と言われました」。鈴木さんが明かし た。「地元なのに、なぜひっそり暮らさないといけないの? 戸籍を 抹消されている気持ちです」  ●けんか寸前  住民同士の衝突も起きた。  10月のある日曜。平日は留守宅が多い四倉側の仮設に、初めて ボランティアが訪れ、室内に棚を作っていった。  「俺たちの仮設にも来てくれよ」。作業員に声を掛ける広野の仮設 の男性。それに四倉の女性が怒鳴った。「あんたたちは賠償ももらっ て、今までボランティアの支援もたくさん受けているでしょ!」。つかみ 合いのけんかになりそうなのを、鈴木さんは止めに入ったという。  原発避難者との「溝」は埋まりそうもない。「再来年には四倉に復興 住宅ができます。そこはいわき市民だけのはずです。今はそこへ引っ 越すのを待つのが精いっぱいなんです」  原発避難者も、地元との関係に神経をつかう。  常磐自動車道いわき中央インターに近い好間地区の仮設には、富 岡町民55世帯が暮らす。幅6メートルの市道は約70メートルにわた り、砂利道のままだ。「車が通るたびにほこりが舞い、洗濯物が汚れ る」。細野豪志・原発相(当時)ら閣僚が仮設を訪問した9月、避難者 は直訴した。  しかし、市は舗装しようとしない。それには理由がある。  この道は信号や交通規制がなく、国道49号と市中に向かう市道を結 ぶ「抜け道」に使われる。勢いよく走り抜ける車も少なくない。通勤時間 と重なる朝7時すぎには、小学生50人ほどが登校する。  「舗装したら、もっと車が増えて危険だ」。地元に50年以上住む男性 は舗装に反対だ。「そもそもここは子どもたちの遊び場。仮設の人に とられちゃったんだ」。感情的な思いも絡ませる。  富岡の避難者も、最近は声高に要求しなくなった。むしろ地域との 接点を見つけるため、今月、仮設の約20人でパトロール隊をつくり、 好間地区を巡回。「地域貢献」をしながら、地元にとけ込もうとし始め た。  ●解決の糸口は  5年、10年単位の避難を覚悟しなければならない原発避難者は、 いわき市だけで約2万4千人。一方、受け入れ側の住民も疲弊が続 き、全体がひずんでいく。  復旧や再建に向け、解決する糸口は、政党、候補者を通じて見え てきただろうか。  「原発から再生エネルギーに変えていきましょう」――。衆院選の 投開票が迫る14日、好間地区の住民が神経をとがらせる砂利道を、 選挙カーが通り過ぎていった。(大月規義) --------------------------------------------------------- 朝日デジタル新聞(リンク)がリンク元です。 決して土地を与えている住民の器が小さいものではありません。 おそらく、長引く不安は人をこのように追い込んでいくものなので しょう。みんな争いたくないのに、同じ被災者と言う共通はあって も格差を考えると・・・・。 政権が変わりました。解決のきっかけでも作って欲しいところです。 悲しいことです。 この記事を読んで下さった方、ご一考くだされば幸いに思います。

【震災復興】 お盆の帰省 3    四倉港へ釣りに・・・

弟君のテーマは海釣り。 『水石山公園』から帰った足で四倉(よつくら)の築港へ…。本当は午前中に釣りの予定でしたが、雨だったので変更になりました。午後は信じられないくらいの天気に・・・・。 弟君に聞くと、釣りに行きたいとのこと。それならと、釣りの準備をしていると、甥と私の妹も行くと言うのでみんなで物置の中で道具と仕掛け探し。「絶対に釣りに行く」と張り切る我が妹・・・。甥も淡々と準備をしている・・・。生活に疲れているのか・・・。 私 : 「仕掛けは?」 妹 : 「発見。」 私 : 「釣竿は?」 甥 : 「発見。」 私 : 「リールは?」 甥 : 「発見。」 よし行くか・・・・・。とOUTBACKに乗り込んで・・・・。 現地について・・・「餌は?」     「ない。」 そう言えば、港町だけに釣具屋は海沿いに多い。と言うのに気がついた。3/11に地震と津波の被害があった。 津波の被害でやっているところはあるのだろうか?と不安になりながら、先に釣っている方々に聞いてみると・・・・。 皆さん、平(たいら)の鎌田にあるJ州屋で買って来ていると言う。ここからそこまでは・・・片道およそ9キロ・・・。ダメもとで地元の釣具屋を探そうと言うことで、探してみたら・・・。 ありました。「四倉の本間釣具店」まさか・・・とは思いましたが。無事にイソメを手に入れることができました。 《津波のあと、よく立ち直りました。本間釣具店。助かりました》 放射線を測定して、釣り開始・・・。
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《流石に海は低い・・・。》
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《仕掛け作り・・・・。お兄ちゃんと弟くんはルアーです》
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《ゆっくりと釣り糸を垂れる太公望です》
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《海にはクラゲが・・・。もう秋なんだね・・・》
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《並んで釣り始め・・・》 ♫われは海の子~♬ 白波の~♪ と言う歌がありますが、子供の頃から近所に海はあった。 落ち着くんだな~。 しかし・・・。波打ち際が低いよね。東北沿岸を襲った地盤沈下はここも例外ではございません。後ろに見える重機は築港の再建に使用しているもの。
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《ぶら下がっているのはルアーではありません。アイナメです》
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《弟くんはカマスをゲット》
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《お兄ちゃんもこの後、アイナメの子を釣り上げました》 みんな釣れて良かった。魚は結構いるようです。大きなアイナメを釣り上げた方もいらっしゃいました。海底のセシウム濃度がわからないため当然リリースです。 釣りをする方は分かると思いますが、釣りの時間てあっという間なんですよね。釣りに付き合ってくれた、アイナメの子供達、カマスの子供達ありがとう。 弟君もみんなを導いてくれてありがとうね。
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《広野町と川内村からの(F1周辺)仮設住宅が近くにあります》 四倉のスーパーなどではこの方々が、「もっと鮮度の良い魚はないのか? 出身地ではもっと良い物があったぞ」と商品をなじることもあるそうです。ですがね。この地も地震前、原発事故前は鮮度の良い魚がいっぱいあったんですよ。地元のものは陳列できないんです。という事を知って欲しいですね・・・。 仮設住宅に避難してきている方々も、故郷を美化しつつあるようです。人は、信じているものを優位に立たせたいものなのでしょうか・・・・? 住んでいた地を追われた方々・・・・。気持ちは分かる気がします。 現在の広野町や川内村を支えているのは住民ではなく、原子力発電所や地域除染の作業員の方々だそうです。 私は・・・・。住んでいた地。住んでいる地を追われるのは嫌だな~。帰る所がないもの・・・・。皆さんどうでしょう・・・。 頭では分かっていても・・・。納得できないだろうな~。   きっと。

【震災復興】 お盆の帰省1  ”LIGHT UP NIPPON2012” と ”道の駅 よつくら港”

お盆に帰省してきました。 福島県いわき市の実家です。 BOφWYSは前回同様に常磐線で先行帰省。 「新型のスーパーひたち」と「カラフルなフレッシュひたち」に乗りたいとのことで、自分で乗り換えと時間を検索し、切符を購入しておりました。 私は翌日、BOφWYSのクワガタ達のケースに水を与え、ニホンイシガメとクサガメの水を替え、ちょっと遅めの出発。 珍しく常磐自動車道も車両が多い。 実家に到着した時に見たメーターのいつもよりかなり良い燃費の良さに驚いた。 8月11日は東日本大震災時に、津波の被害を受け、ボロボロになりながらも、地元の人々や仮設住宅に避難した方々への食料配給や炊き出しの基地となった「道の駅 よつくら港」の再オープンの日でもありました。それと同時に「LIGHT UP NIPPON 2012」の日でもありました。
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《LIGHT UP NIPPON》コンセプト 東日本大震災の被災地13箇所で同時に花火を上げる企画です。 なかなか動かない地元行政に対しては腹立たしさもありますが、前を見て歩こうとする人々にとっては大切なものだと思っています。 実家周辺の現在。
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《実家へのアプローチは震災で崩れたまま、         依然として工事用の足場がかけられております》 「通行には注意して」って・・・。 車は、近所の空き地に停車しております。こんな所入っていけません。
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2012年3月11日の地震によりこんな感じで、段差ができました。
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《当然、この集合住宅には人は住んでおりません。しかし、     一戸建てとなると話は別で、全壊認定を受けていても          住んでいる方もいらっしゃいます。財産ですからね》 道を引き返すと・・・・
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《この家へのアプローチは以前、なだらかな坂でした》 足場が掛けられているだけで、未だに手が着けられていないですね。家の取り壊しを市に要請をしていても、道がこれではとても重機は入ってこれないでしょう。 この地はF1から30キロ少し離れた所。問題の放射線は・・・・。(地上1Mの空間線量)
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《この竹林の中を測定します》
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《0.66マイクロシーベルト/hあります。1年前は1.02あった所・・・》 ちなみに実家周辺は・・・(地上1Mの空間線量)
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そして室内は・・・(1Mの空間線量)
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《0.1~0.07マイクロシーベルト/hの間でした》 1年が経過して、全体的な放射線量が減少した感じがしました。国が定めた1年間に浴びて良い放射線量は1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)。線量計が/hなので1時間に換算すると・・・・ 1000/365日/24時間=0.114マイクロシーベルト/hになります。高いと見るか、低いと見るかは個人の判断しかないでしょう。だって、誰も分からないんだもの。 市や県や国で公表されている数値より高い所もありますが、低いところがあるのも事実・・・。気になる方はお出かけの際に公表数値の確認をお勧めします。良くも悪くも・・・冷静に判断して、騒ぎ立てないことが望ましいですね。  原子力発電所・・・。便利ですが一度暴走すると管理なんかできません。線量計を持って計測しながらの生活になります。人間がコントロール出来ないもの・・・、すぐにはできないと思いますが、目標を持ってそれまでに”0”にして欲しいと思います。 LIGHT UP NIPPON2012 会場は「いわき市四倉」。そして再オープンの”道の駅 よつくら港”(リンク) 再オープンだけあり、午前中からたくさんの人が来ていました。16時頃から雨が断続的に降って来ましたが花火は決行。
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私の母まだ、海には行きたくないと言っていますが、少しづづの復興、邪魔な放射線の洗浄をしながら、未来を信じる人達がたくさん集まっていました。  ≪2:47 にしてみました≫ 翌日、道の駅 よつくら港を撮影してみた。
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震災直後と比較してみると・・・
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震災に備えた様々な仕掛けを盛り込んでいるようですが、発動は見たくないですね。 我が家も花火を見て、復興の願いをして来ました。

【震災復興】 カツオは何処産?と東日本大震災 追悼と復興の花火大会">

来週末はキャンプへ行ってきます。 JR東日本のキャンペーン「行くぜ、東北」(リンク)にあやかって・・・という訳ではありませんが、福島県のキャンプ場へ・・・・。 福島県の場合、F1(福島第一原子力発電所)事故発生時は抽象的だった風評被害が最近、顕著に現れてきているようです。例えば、カツオ・・・・。 いわき市には小名浜(おなはま)と言う港(アクアマリンふくしまや、いわきららミュウのあるところ)があるのですが、そこで水揚げしたカツオが築地では1㌔アタリ100円の捨て値とか・・・・こりゃないですよ・・・。この時期のカツオは八丈島近海で取るものです。そこで取ったカツオが各港で水揚げされ、水揚げした港で産地名が決まります。福島県で水揚げされたので捨て値・・・。漁港の方は悔しかったと思います。他県の港で水揚げすれば、値がつくんですよ。それをあえて小名浜港で水揚げするんです。 このままでは地元漁業は死活問題です。これではあんまりだと、イオングループが相場で買い取って販売してくれているようです。涙が出るくらい嬉しく思いました。 生鮮水産物の産地表示が示すとおり、販売の時に福島県の小名浜の名前を出さないで売ることができますが、あえて小名浜で・・・・。 風評・・・本当に怖いです。
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----------------------------------------------------------  「LIGHT UP NIPPON 2012」開催 東日本大震災 追悼と復興の花火大会が開かれます。 開催地は 全14カ所 打ち上げ数は約3万発 詳しくは       http://news.biglobe.ne.jp/economy/0711/prt_120711_7874667611.html
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その中に故郷「いわき市四倉」が・・・
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ここの道の駅は開店して1年経たずに津波被害にあいました。その後、ヤマト財団の協力を得て2012年8月11日に再オープンする予定です。 津波被害時はこんな状態でした。(救援物資を運んだ時の写真)
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「フラガール」、「スパリゾートハワイアンズ」、「アクアマリンふくしま」と言う企業に頼る復旧が主でしたが、風評を乗り越えて何とか個人でも持ち直して欲しいですね・・・。今年のお中元・・・当然地元の魚屋(魚は他県ものが陳列されています。地元近海での漁は認められておりません)を使わせていただきました。 「LIGHT UP NIPPON 2012」 四倉の花火の様子はこちら                    http://80047107.at.webry.info/201208/article_5.html

BOφWYS、帰還

本日、4泊5日のいわき紀行から帰還しました。 行く直前の弟君の不安げな顔もなんのその。 2人とも満面の笑みで・・・・。
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無事に行けたご褒美に、スパリゾートハワイアンズへ連れて行きま したが、それっきり私と奥さん、妹ちゃんは帰って来ました。 寂しくて電話を何度かかけて来ましたが、親としてはちょっとうれしい。 はじめから寂しくないや~。なんて展開になったら家庭に問題あり。 なんてことに、成りかねないですからね。 良い顔で帰って来た2人には、何か一つの事をやり遂げた充実感を 感じました。

【震災復興】 2月15日 ニュースウォッチ9 ≪空から見た復興の”光”≫

この日のニュースウォッチ9はエンジン付きパラグライダーに乗って 福島県いわき市の海岸線を飛び、風景を撮影する方のお話し。 震災から立ち直ろうとしている地元の人達の事が良くわかります。 飛んだところも、全部わかります。 なにせ高校卒業まで過ごした故郷です。 撮影者の言った 『ちっぽけな人間でも時間をかけてコツコツやって行けば、瓦礫が片付 いたりとか、店が開店できたりとか、全部人のチカラなんだな・・・』 あたりまえのことだと思うんですが、知恵を出し合って力を合わせる事 は・・・大事なんですよね。身に沁みます。 とにかく見て下さい。ニュースウォッチ9 空から見た復興の”光”です。5分く らいかな・・・。 冒頭の浜辺で無邪気に遊び、手を振っている園児たちには、これか らおこる震災を思うと可愛そうで・・・・。
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≪震災前、震災直後、今・・・の変化。です。薄磯海水浴場≫
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≪気仙沼同様に火災のおきた久ノ浜。     原発事故でマスコミがいなくなりました。 当然報道なしです≫
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≪仁井田浦キャンプ場付近、上に見えるのは仁井田浦の河口です≫
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≪震災後に建設された久ノ浜一小敷地内の浜風商店街。               震災時はこの小学校にも物資を運びました≫
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≪解体が決まった「道の駅 四倉港」。ガレバナを描いています≫
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≪平ユースホステル、喫茶防風林のあったところ≫
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≪復活した「いわきマリンパークの一画。                 いわきららミュウとアクアマリンふくしま≫ 我一家にとってもゆかりのある地です。私も熱くなる目頭をグッと堪え て家族に解説しました。 そこには、見入る、聞き入る一家がいました。 いわきに住んでいる人達の励みになったと思います。 ありがとうございます。NHK ニュースウォッチ9様。

【震災復興】 震災から11か月経過しました。 我が家にある震災本

震災から11ヶ月が経過しました。ニュースでもだいぶ震災ネタが減って 来ましたね。 前向きに進む事では必要だと思います。しかしながら、本日も福島県中 通りで震度3、茨城県沖でも震度3と南関東でも揺れる地震が続いていま す。 我が家には震災本が2冊あります。朝日新聞社が出したもの。それとい わき民報社が出した福島県いわき市の震災本です。故郷の震災時の状 態を残して置きたく購入しました。 何故朝日新聞社か…。いわき市の記事がほんの少し載っていたからで す。他社のは…、南相馬市から宮城県、岩手県を中心に福島第一原子 力発電所の記事しかありませんでした(見落としあったかも…)。 福島県 いわき市の震災本は・・・むろん、100%地元だからです。子供の頃、遊 びに行った友達の家の変貌ぶりや、初詣で甘酒を振る舞ってくれた神社 の崩壊ぶりが載っているんです。
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震災当時のいわき市四倉町では自治体からの指示で大津波警報が 出され避難。 その後、原子力発電所が危機に陥ったと言うことで自 宅待機(枝野さん頑張っていましたね)の指示。そして原子力発電所 が爆発したと噂になり大騒ぎとなりました(外に出て良いものか?  家にいて良いものか? かなり混乱したそうです。 そして原子力発電 所では水素爆発が発生したんですよね)。  そのため市では各家庭にヨーソも配給していました。
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≪3/18 フクイチに向かうハイパーレスキューが四倉海水浴駐車   場を待機基地にしていました。googl earthで見る事が出来ます≫ それを機にマスコミがいなくなりました。見捨てられた地とはこんな事な のか…。と悲しく思いました。それ以降、いわき市の情報はほとんど無い ため、いわき市に住んでいる人、いわき市ゆかりの人達が取った手段は 誰が音頭を取る訳でもなく【NHKニュースウォッチ9】に助けを求めるファ ックスを送ることでした。【ニュースウォッチ9】では連日、当時キャスタ ーをしていた青山さんと大越さんの後ろの大きなボードとアナウンステ ーブル上にそのファックスを掲示し、そして並べてくれました。 ファック スの内容は他の地域と同じ、物資が欲しい。送って下さい。と言うもの に加え、あまりの情報の無さに、忘れないで欲しい。情報を流して欲しい と言うものでした。故郷を離れた者にとっては切なる願いです。 そして、先程出て来た福島第一原子力発電所、1号機と3号機の水素爆 発も、福島県内の民放放送が取付たカメラでしか撮られていないんです。 違う角度の爆発シーンは出て来ないですよね。 何はともあれ、マスコミさんもサラリーマン。家族もあるし、社命には逆ら えませんね。 私も出来る事なら震災本は1冊で済ませたかったと思って います。しかし2冊無いと東北が繋がらないんですよ。 そろそろ1年になりますが、各社こぞって『あれから1年、復興の軌跡』 みたいな写真集なんか出しそうな雰囲気なんですが・・・。 その時、いわき市はあるのでしょうか? すいません。今日はちょっと意地悪な記事でした。四倉在住の方のHP 最近、グランドオープンしたスパリゾートハワイアンズ。連日多くの方に来 ていただいているそうです。オープン景気にならなければ良いと思うん ですが…。 ここより太平洋へ20分程車で走った所に『環境水族館、アクアマリンふくし ま』があるんですが、この水族館はハワイアンズとは資本提携等の繋がりは ございません。 一足先に開園したこの水族館の『アクアマリン福島の復興 ブログ』に、ハワイアンズオープンに向けての応援記事が載っていました。 さらに、葛西臨海水族園も・・・・。 被災地の企業同士応援しあう姿勢っていいですね。 少しだけウルルン来ました。
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以前も津波が来ていたのかも・・・。でも、記録と記憶からはいつ頃消えたのだろう。

東日本大震災より10ケ月経過しましたが、最近被災地で分かった 事実です。 -------------------------------------------------------- 今回の地震で津波が到達した外郭ラインを「津波到達限界ライン」と 言うそうです。その津波限界ラインを取り囲むように神社が仏閣が 建立されていたと言うもの。 ここは私の故郷ではありますが、子供の頃からかの地は「遠浅で 津波は来ない。」と言われて育って来ましたが、どうやらそうでは無 かったようです
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おそらく過去にも来ていたのでしょうね・・・。 しかし、いつから記録や記憶から消えて行ったのでしょう・・・・。 今回の震災もいつまでも消したくないですね・・・・。 このブログを見た方も、海岸に住んでいる方がいらっしゃったら神社 マップなんかを作ってみると面白いと思います。 ハザードマップが出来上がるかも・・・・

えっ!! 本当? いわき市で宝くじ1等と前後賞が出たって(@0@)

記事を発見しました。 年末ジャンボ宝くじ抽せん  いわきで1等1本1等と前後賞を合わせて3億円が当たる。 大みそか恒例の年末ジャンボ宝くじの抽せん会が31日、東京都 港区の「赤坂ACTシアター」で開かれた。 会場には億万長者を夢見る約1100人が集まった。  県内では、ダイユーエイト四倉店宝くじ売り場で1等2億円が1本、 1等前後賞5000万円が2本出た。 (2012年1月1日 福島民友ニュース) 見て驚きました。以前は大黒屋の宝くじ売り場と言う当たりのメッカが あったが・・・・、ここはいったい何枚さばいた内の当たりだったんだろう。 凄い少ないと思う。 宝くじの神様は北上する気なのかも・・・次は宮城県だ・・・。 JRAに相当な金額を預金している男の推測ですので・・・。 信じるか、信じないかは・・・あなた次第だ。

(@0@;)年始の挨拶の記事には後日談がありまして・・・。

1月1日に実家近くの【波立海岸】へ行ったんです。 もちろん初日の出を見にね・・・。 昨年は津波、地震、フクイチの事故がありとんでもない年でした。 この辺り一帯も爪痕が深く刻まれておりますが、前に進もうとして いる方も多いのも事実。そんな方が来ていたのだと思います。 しかし、寒いのなんのって、関東でぬくぬくした生活が身に付き実 家の寒さを忘れてしまいました。 アウトバック車載の温度計で外気温を表示すると-1℃。 寒すぎる(少なくとも我が一家には・・・)。 ----------------------------------------------------- 現地に着いたのは6:20 寒い中、初日の出に手を合わせに来た方はテレビ放送では 200人とも・・・。
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≪鳥居、弁天島、橋は津波に耐えました。あやかりたいですね≫ 妹ちゃんは寒さで泣き出すは、弟君は不機嫌になるは・・・。 日の出の予定時間は6:50頃でしたが少し覗いただけで直ぐに 雲に隠れてしまいました。 納得できない拝み客も多く、帰る人も少ない様子。 雲の厚さと動きを読み、2度目の日の出を信じ、待つ事30分ぐらい。 本日2回目の日の出を迎えました(って言うのかなぁ)。  下へ・・・ 初日の出に願いをかけて、近くの薬師如来へ初詣に・・・。
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それぞれに願をかけます。 私の願いは・・・・ 福島第1原子力発電所の完全収束  ゴジラ出現により一瞬による放射能の吸収。そして、  一瞬によるゴジラの消滅・・・。虫の良すぎるお願いです。  平成ゴジラ映画にあるんです。原子力発電所を襲撃して原子炉  の エネルギーをすべて吸収するシーンが・・・ 家庭円満 無病息災 ありきたりの物ですね・・・。 帰りには小腹が空いたので露店でフランクフルトや焼き肉を購入し 無事帰宅・・・。 新年の挨拶を爺さん、婆さんと交わした後にみんなで雑煮を食べま した。 の受けです。 ココから後日談 初日の出に今年の願いをお願いしたので帰ろうか・・・。 と言うところで・・・・・「すいません」の声。 振り返ると、地元のテレビ局の方・・・。 「取材良いですか?」の声に・・・。 あれよあれよ・・・の間に・・・・ TV取材が始まってしまった・・・・。
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≪ただ今取材中・・・・≫ 実際のオンエアー写真です。 県内の知人の方・・・。気が付きましたか? 【FTV】
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【KFB】
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今年は千年に1度のGOODな年にしたいですね。 ごめんなさい。今回は自慢の様になってしまいました   

2012 年始のご挨拶

新年明けました。 年末年始は実家に帰省しておりましたので、ネット環境は携帯しか なく、投稿や返信の類が著しく遅れておりました。 先ほど自宅へ帰宅しましたのでご訪問をぼちぼち始めたいと思い ます。まずは、挨拶!!から・・・・。 年賀状もそうですが、携帯メールでも「新年あけまして・・・」的な 文章は控えさせていただきました。 『新しい年を迎え 皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます』 の表現で年賀状は送らせていただきました。 こちらの投稿でもこの文句を載せたいと思います。
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≪ほぼ時間通りの初日の出。しかし、      恥ずかしがり屋のためか、直ぐに雲に隠れてしまった≫
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≪厚い雲を乗り越えて、本日2回目の日の出・・・≫
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『新しい年を迎え 皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます』

今年もありがとうございました。来年は皆様にとって幸大き年でありますように…

画像 今年はか~な~り重い年になりました。もうすぐ年越しですが、来年は明るい年になれば良いなぁ。 写真は12/30の日の出です。(太陽の中に見えるのはアクシズではありませんよ。) このblogに来て下さった皆様ありがとうございます。来年も引き続きよろしくお願いします。 皆様、良いお年をお送り下さい。

さんまのみりん干し。 私は特に好きです。大川魚店より購入しました。

秋の味覚っていろいろありますよね。 小さな港町で育った私は、秋刀魚とイワシが大好きです。 イワシはさて置き、秋刀魚と言えば「みりん干し」が特に大好きです。 本日、注文していた「さんまのみりん干し」が到着しました。
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≪焼きあがった「さんまのみりん干し」。炙るくらいがちょうどいい≫ 購入先は福島県いわき市の大川魚店。故郷の魚屋なのですが おいしい物をたくさん販売しています。 注意書きが同封されていました。 いわき市だけに放射能被害も懸念されますが、それはそれで きちんと取り組まれております。 本日到着したものは、日本酒と一緒にいただきました。 「いつもと変わりなく、大変美味しい物でした」
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≪外に干せないため、乾燥機で「みりん干し」を作っています≫ 地元では各家庭で「さんまのみりん干し」を作っている所も 少なくありません。 私の実家でも「さんまのみりん干し」は作られていました。 しかし、今年は空間放射線の影響で作っていないとか・・・。 各家庭の味も消滅でしょうか? 悲しいことですよね・・・。 ----------------------------------------------------
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≪船橋東武で出店された時に購入した「うにみそ」も、                         またまた購入しました≫
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明日の朝食は、一緒に購入した磯の香りがたっぷりの 「うにみそ」ご飯をいただきます
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東日本大震災の日・・・・・・・・・・・きつかったな!!

帰宅早々、玄関先には55LITERと30LITERザックに必需品を入れ て避難準備をした。 翌朝は地震と津波と原子力発電所の影響による故郷の情報収集 から始まった。 TVでは各局、ここぞとばかりの報道ぶり。あきらかに過剰に煽る、 決め付ける、政府を非難する、情報が少ない中での解説者への返 答要求などの腹立たしい加熱ぶり。 だから情報が錯綜する。私はNHKでの情報収集に決めた。 KIDSには余計な恐怖心を植えさせないため無制限でゲームを開放し た。 そしてツイッター登録も行った。 先ずは安否確認から…。 両親、甥、姪、兄妹、連絡が取れる従兄弟達、そして小中高の仲 間。それぞれにそれぞれの文面でメール配信。 後に殆どが無事で在ることが分かるのだが、この時はなかなか帰 って来ないメールに緊張とため息の連続だった。 次々と目を覚ます大熊町のゴジラ達、実家はここから33㌔程、や がて両親も姉妹も甥も姪も我が家に自主非難してきた。顔を見れ ば緊張と疲労は一目で分かる。 直ぐに入浴、そして布団で就寝してもらった。余震は続くが実家程 では無い。 一次的ではあるが束の間の大家族。その日の夕食では久し振り にみんなが集まり無事だったこと。再会出来たことを喜びあった。 関東の従兄弟達とも連絡がとれ、チームイトコが結成された。 余震が続く中、チームイトコとは密に連絡を取り合い各家族の情 報を交換しあった。そのおかげで岩手県の親族の情報はすぐに分 かった。 -------------------------------------------------- 両親に地震当時の話を聞いた。私の育った町も例外はなく津波 の被害はあった。実家は高台にあり津波の被害は免れたが、地 震そのもので実家は全壊認定を受ける被害を受けた。 そして北にある隣町では気仙沼同様に津波の被害と自然鎮火に しか頼れない火事が発生していた。 当時はツイッターのリアルな情報や震災の報道に緊張し、胃袋 を縮めなから見ていた。 ------------------------------------------------- そして今はみんな在るべきそれぞれのポジションにいる。チーム イトコも解散した。両親も全壊認定を受けた家に住んでいる。 季節も巡り人は変わってきた。この後、この国は福島、新潟県境 集中豪雨。台風12号とたて続けに被害を受ける事になる。 しかし、変わらないものもある。落ち着くそぶり見せないゴジラ達と、 覇権争いで忙しい自分達の行動を被災者のため・・・・と格好を付 けるこの国の政治屋さん達である。 ひょっとして永田町の方々もそれぞれがゴジラか? まだまだ収束先は見えて来そうもない・・・・・。 -------------------------------------------------- 震災時、急に家族が増えたにもかかわらず対応してくれた奥さん に礼を言いたい。そして、KIDSにも・・・。 ありがとう。

東日本大震災の日・・・・・・・・・。歩いて帰宅した。

半年経ちましたね。 この半年間の永田町には本当に呆れます。 だらし無い与党ばかり目立ちますが、自民、公明など、一つに『なら ない』野党にもガッカリです。 今、この時も一所懸命覇権争いしている事でしょう。 国民の心情からすれば、誰もが一つになって・・・・・・・・・。を期待 している。しかし、彼らは違う・・・・・・それでも自分達の行動を被災 者のため、被災地のため・・・と美化しようとする。 どれだけずれているの? と聴きたくなります。 そんな政治屋の方々達でも成り立つこの国は、国民がよっぽど立 派なんだと思ってしまいます。 新政府には少し期待しています。あとはマスコミが賢くない突っ込 みをしないことを期待したいです。 ----------------------------------------------------- 3月11日、あの日、私は歩いた。 18時に会社を出て2時過ぎまで8時間歩いた。 途中の電気屋で沖より迫る大津波を知った。 直ぐに心配したのは岩手県の親族でした。 故郷は心配しなかった。出来なかった。 津波とそれによる両親や親族、知人達の最悪の事態をイメージ できなかった。したくなかった。 ・・・・・気持ちは逃げていた。 そしてそんな気持ちを美化した。 今はこんな父の安否を気遣い、余震の度に大幅に遅延して届く メールを大量にうちながら帰りを待つ、家族の元へ行くのが優先だ。 と気持ちをすり替えていた。 電車が動かないのを知った時は会社に宿泊も考えたが、家族から 安否を気づかうメール、帰宅時間を問うメール、余震に怯えるメール を見た途端。 帰らなくては・・・と強く思った。 自宅へ向かう道すがら、自分の気を紛らわすために、周りを見たり、 帰宅者を観察したり、スバルの仲間を心配するが、前に進む気持ち は抑えられるはずもなく休憩も取らずオーバーワーク気味に歩いた。 そして30㌔程歩いて綾瀬警察署の前で歩道の煉瓦が崩れ、規制線 が貼られているのを見て心が折れた。 我が家は未だ10㌔はある。車道を見るとあんなに渋滞していた車が いない。残り少ない携帯のバッテリーに願いを託し奥さんに電話をい れた。 ---------------------------------------------------- ダークグリーンのoutbackに乗り家族全員が迎えに来た。 そしてみんなで手を取って・・・・・。「よかったね」「よかったね」と 抱き合って無事を喜んだ。この様な感動は今後あるだろうか? 無事に家族が顔を会わす。ありふれたことではあるが普通とはなんと 素晴らしいのだろう。 携帯電話は一発でかかったのだ。そして車は綾瀬警察署をランドマ ークに出来たため最短で来れた。ホッとした。 奥さんもKIDSも同じ気持ちだったと思う。 この日はテレビを着けながら、LEDランタンを燈してみんなでリビング で寝た。 緊急地震速報に対して日増しに敏感になっていく妹ちゃんが 可愛そうでならなかった。            つづく ----------------------------------------------------- この震災で亡くなられた方、被災された方、避難された方にお悔やみ 申し上げます。              

【震災復興】 震災からもうすぐ4か月 7/7の四ッ倉周辺と我が家

7/7シリーズ。 上記日にちで法事で呼ばれ、故郷の福島県いわき市に行ったの はすでに記事にしました。 ここでは自宅と四倉の復旧状況を少しアップします。 時系列では、以前の記事を追っていただければ幸いに思います。        このブログの地震テーマ記事 ---------------------------------------------------- 7/15日には「アクアマリンふくしま」が無事再開したと言う、喜ばし い出来事がありました。 地元民に取っては大変しいことだと思います。 ニュースや新聞、ネットにも数多く取り上げられました。 これからは「運営」の二文字が圧し掛かって来ます。魅力的な観光 施設をダメにしない様に県と市には環境の復旧を・・・。東電と国に は「怒れる原子力発電所」の鎮静化を確実にお願いしたいところで す。 ここと、10月中旬再開予定の「スパリゾート・ハワイアンズ」を 失う様なことになれば、今後の「いわき市」は本当に厳しいと思いま すよ。      私は・・・・。 ----------------------------------------------------- 7/7に訪れた四ッ倉は・・・・・。 復旧のスピードはもの凄く遅い。出来るところから何とか進めている。 と言う感じを受けました。 津波後しばらくと7/7の比較をしてみました。 ~築港~
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≪国道から降ろされた船や転覆している船が見られましたが、               今は土地で言えば更地状態でしょうか?≫ ~中学校花壇~
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≪黒い砂を被っていた花壇でしたが、      今は見事にひまわりが植えられております。土壌放       射能汚染の浄化願いも込められているのでしょうか?≫ ~国道6号線沿いにあったコメリー~
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≪ここは撤退なのでしょうか?                資本主義が入るとスピードも違います≫ ~四倉中学校横の民家~
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  ≪瓦礫はそのままで、被害を受けた建物が解体          された感じです。浜田屋は営業を再開しました≫ ~仁井田浦キャンプ場~ 
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≪ここも瓦礫は残っておりますが、大分減りました≫ ~新しく加わった施設? 取集場所?~ 
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≪OUTBACKが停車しているのは道の駅の駐車場ですが、     奥の瓦礫とクレーンのある所は新しい瓦礫置き場です。                     もとは海水浴場駐車場でした≫
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≪道の駅駐車場から見えます。   憶測ですが船の廃棄場でしょうか?道の駅から海側へ150             m位の所にあり、船が並べられております≫ ゆっくり・・・・、ゆっくり・・・・・ではありますが 復旧は進んでいるようです。でも、行政の力を大きく感じないのは私だけ・・・・ 頑張れいわき市!! ガンバレ福島県!! よろしく・・・日本。 ---------------------------------------------------- ~そして・・・実家です~ 自宅前の道です。ここが治らないと車を入れる事が出来ません。
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≪3/11の地震後≫                    
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≪4/11,4/12の直下型地震後。さらに悪くなっています≫                    
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≪現在の状態。建設工事用の足場がかけられております≫ 実家の排水側溝です。排水側溝破損により家からの排水が家の 下へ流れていました。
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≪側溝の3分の2がこの様な状態に・・・≫                    
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≪一応、直していただきました≫
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≪しかし、勾配が低くなるにつれて側溝に                     つっかい棒がしてありました≫ 実家の給水管です。震災後、埋設で3度復旧していただきましたが、 2度、地中で割れたそうです。 市としては仮説を立てて給水管をこの様にしました。
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≪緑のラインに沿って本管があるのですが                      地中から枝管が出ています≫
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≪そして、実家まで露出で伸びていました≫
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≪フェンスを越えて実家に入って来ています≫ これは、仮設住宅の手法だそうですが、本当でしょうか? そして、後ろの土地には・・・・
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≪これで地面の動きを観察しているそうです。  ちなみに黒いラインは地割れに沿って引いてあります≫ 仮説 地面が動いていることにより、埋設給水管が2度破損した。 調査器を取り付けて観察をしている間、露出給水管とした。 と言う事なのだそうです。 近所では地震後、流れるべき排水側溝が乾きっぱなしの場所も あります。  しかし・・・。この後は、この地域はどうなるのでしょうか?  大幅に不安なんですけど・・・。                    
報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災
朝日新聞出版
朝日新聞社

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「ウニの貝焼き」って知っていますか?

7日、法事に招かれたので実家へ私一人単品で帰省。 その時、こんなものが・・・。
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≪ウニの貝焼き≫ ウニの貝焼きとは・・・ 新鮮なムラサキウニの生殖腺(精巣・卵巣)をホッキ貝の殻に山盛り にして火に掛けた、福島県いわき市の代表的な郷土料理である。 例年5月頃に市内の近海ウニ漁が解禁されるため、5月中旬頃から 流通しはじめ、贈答品としても珍重される。 と言うものです。 私、大好きであります。 1個あたりの価格は結構良い価格です。 日本酒にもビールにもぴったり合います。 福島第一原子力発電所があのような状態ですから、当然地元産 の物は使えません。そのため、他産のウニを使っているか、震災前 の物と言う事になります。 これは「うまいです」「うますぎます」 ここまで来ると、言葉がでません。 機会があったら、何をおいてもご賞味ください。 ただし、チリ産のウニは・・・・×

【震災復興】 「がんばっぺ!いわき応援隊」 と 「うまいべ! いわき」

「がんばっぺ!いわき応援隊」に応募してしまいました。
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≪応募するとこの文書とともにブレスレットが届きます≫ 内容は下記の通りです。<いわき市トップページより> 創設の目的 東日本大震災により甚大な被害を受けたいわき市で、「がんばっぺ! いわき」のキャッチフレーズのもと、行政、企業、個人問わず、誰しもが 願う“いわきの復興”という目標に向かって心を一つに歩むためのエネ ルギーを醸成するとともに、いわきへの支援の輪を全国に広げるため に創設いたします。 隊員の登録 いわき市の復興に対し応援していただける気持ちを持った方な らどなたでも登録できます。 登録方法 応募用紙(添付ファイル)に必要事項を記入し、次のいずれかに より送付願います。 郵送〒970-8686 福島県いわき市平字梅本21番地 いわき市行政経営部広報広聴課へ ファクス0246-22-7469Eメールkohokocho@city.iwaki.fukushima.jp 応募用紙はここから 隊員の皆様にお届けするもの
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・ 隊員の証としてのメッセージ付きリストバンド ・ 震災復興メールマガジン(希望者のみ) 隊員の皆様にお願いしたいこと  復興に向けたいわき市の支援の輪を広げてください。  <いわき市がお願いしたい支援の例> 1. 生活再建への直接的な支援 2. いわき産の農林水産物の購買・消費 3. 工業製品の取り引きに対する支援 4. ふるさと納税による支援 5. いわきの良さや観光のPR 6. 企業立地情報の提供 7. いわき市で医師として従事したい方の情報提供 ※ 上記支援はあくまでも例であり、いわき市を思う方々一人ひとり ができることから、ご支援いただければ、幸いです。
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≪精神論ではありますが、3つのメッセージ≫ 現在は400人を超えているそうです。 「新しき、時代のために・・・・」 ---------------------------------------------------- もう一つ・・・「うまいべ! いわき」 <いわき市トップページより> 農林水産業復興応援ポータルサイト 「うまいべ!いわき」 東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故による風評被害 により、本市の農林水産業は非常に厳しい状況にあります。 このような状況を打破するため、いわき市では「がんばっぺ!いわき」 のキャッチフレーズのもと、農林水産業の復興に取り組んでおり、この たび、本市農林水産業復興応援ポータルサイト「うまいべ!いわき」を 立ち上げました。 今後も、本市農業を中心に、各種イベント情報、いわき産農産物情報、 市内生産者の皆様のご紹介などをはじめ、林業・水産業などにつきま しても情報を拡充しながら、いわきの農林水産物に関する様々な情報 をお届けしてまいります。 農林水産業復興応援ポータルサイト「うまいべ!いわき」はこちら(新しい画面で開きます) 私も、「とまとランドいわき」「大川魚店」「四家酒造の又兵衛」など、 最近は「楽天」じゃないネット販売で貢献しております。 私の支援の気持ちは本気です
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救援物資を運んだ施設よりお礼の手紙が来ました

3月27日、震災後に福島県いわき市四倉町と久ノ浜町へ「スバ ルウェブコミュニティ友の会」の有志で出資して購入した食材と、 勤務先の親会社に呼びかけて出してもらった物資を運びました。 このブログで「地震」「四倉」で検索して「地震から3回目の日曜日。 福島県いわき市四ッ倉町、久ノ浜町」のタイトルで表現されている のがそれです。  この時協力いただいた、みんカラ「スバルウェブコミュニティ友の会 」の有志の方々、理解あるそのご家族の方、誠にありがとうござい ました。 そして、買い出しから搬出まで協力していただいたslow-handさん 四倉で我々の手引きやアドバイスをしていただいた市議会議員の 坂本稔さん、当時小学校4年生だったわが子のお兄ちゃん。本当 にありがとうございました。 物資の一部が届いた施設から、本日会社の方へお礼の手紙が 届きました。皆さんの支援したい気持ちが無事に届いていました。
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≪写真をクリックすると大きくなります≫ 少しでも御役に立ててうれしい気持ちです。 ご丁寧に手紙もいただいて・・・。私も力をいただきました。 久ノ浜と四倉は放射能被害を警戒してボランティアがあまり入ら ないと聞いていますが、時間があれば私もまた駆け付けます。 今後とも復旧、復興を頑張ってほしいですね。

川ガキ出現 ガサガサへ変更。 前日に勘当を受けました。

今季初の細釣りへ出かけました・・・ 朝5時に起床。前日よりBOΦWYSと細釣りに行く約束をしていた ので2人を起すと・・・・行く気満々で起床。 バケツ、釣竿、餌、仕掛けをチェックしてほぼ1年ぶりの細釣りへ 出発。 いつもの景色の広がる田園地帯。田植えも既に終了の様子。 2時間ほど釣り糸を垂らすもあたりすらなし。 アメリカザリガニも釣れて来ない。 しかし、葦を揺らしながら泳ぐ「鯉」の姿と、川底よりうっかり浮上 した「クサガメ」のシルエットはしっかりとキャッチした。 そしてこの日対象とした小鮒の気配も常に感じていました。 周りの釣天狗達も調子が出ないようで、我々と同様にポイントを 頻繁に変えている。 「終わろうか?」の一言で終了となる。 しかし、この日はこれで帰らず延長戦があった。 ”川ガキ参上” 釣竿を網に持ち替え釣天狗のいなくなった細(ホソ)に網をいれる。 はじめは何も取れなかったがやり方を教えると・・・・。
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               ≪弟君から・・・・≫
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≪お兄ちゃんのガサガサ≫ 「落ちてもいいぞ~。助けてやるから~。」と父。 何度かやっているうちにコツとポイントを掴んだ模様。 成果が徐々に見えてきた。 どうやらまだ時期尚早だったらしい。 網に入ったのはまだ可愛い赤ん坊の魚達。 そしてお決まりのリリース。 青い矢印・・・・フナの子 赤い矢印・・・・クチボソの子 赤い四角・・・・クチボソの子
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この細(ホソ)にはまだ「ブルーギル」も「ブラックバス」もいない。 童謡「ふるさと」を地でいっているかな・・・・。”ウ”サギはいないが サギがたくさんいた。 この田園風景はいつまでも大切にしたいものである。
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-------------------勘当息子----------------------- 余談を許さない「福島第1原子力発電所」。 メルトダウンがあったと言っても今更・・・と言う感じです。放射線 が一気に上がるわけでもなし。2号機、3号機、4号機もそうなの ではないかと私は思います。 私の実家はいわき市にあるのですが、昔から当たり前の様に 遊んだ海岸線や築港・・・。その変貌した姿を私の母は見たくない そうである。ちなみに父は岩手県釜石市です。
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≪母はこの高台から水平線より迫る白波の津波を見ていたそうである≫ そして原子力発電所からの放射能線。 津波の被害は宮城県や岩手県ほどではないが、眼に見えない 放射線の恐怖は尋常ではないらしい。 現地の方は全く無視するか、拘るかの二つに分けられるようだ。 そんな中でも生活はしないといけない。 先日、電話で母から言われた。 「呼ぶまで来なくていい。」 「子供たちはこれから先がある。お前たちも子供を育てなくて はいけない」 これは、静かな覚悟なのか・・・・。あまり聞きたくない。 地元では子供が外で遊んでいる姿も、歩いている姿も見られな いそうだ。大人もまれであり、移動はほとんどが車。 下の写真はGW最初の3連休で帰省した時のスナップである。 空いた時間を見つけて里川で釣りをしたものである。
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私が子供の頃釣りをした川。 ヤマメはいなかったが今は生息している。 自分の子供達を誘い一緒に釣りをした。釣れるたびに大喜び。 もう・・・・。できないかもしれないと思うと 私の中の童謡「ふるさと」が無くなるような気がした。 私の「ふるさと」は無くなっても冒頭のKIDSの中の童謡「ふるさと」が 消えることが無いようにしたい。 そして、全てが杞憂であってほしいと思った。

少しずつ前進。「5月1日の四倉の復旧状況 : 3月27日」 と ステッカー「がんばっぺ いわき」

実家の修復のためにGWを利用して帰郷したわけですが、周 囲の復旧状況がやはり気になったので、同じくこの地で生まれ 育った妹と甥、姪を連れて復旧状況を見に行きました。 3月27日の状態と比較するとわかると思います。 「地震の過去ログ」 四倉中学校
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≪北側門。 瓦礫が全て撤去されていました≫
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≪100Mアンツーカー。 一部の砂が撤去されて赤いゴムが見え  てます。≫
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≪野球部のバックネットを望みます。ゴミや瓦礫は全て撤去済み≫
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≪武道館前。ここも瓦礫などは撤去済みでした≫ 館内は電気が着いており柔道部らしき生徒の登校も見られました。 遠い後輩の前に進む姿に元気をもらいました。
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≪卒業記念の花壇。砂が幾らか取り除かれているかな?≫ 波立の旧国道
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≪車の撤去済み。≫
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≪タンクローリー。まだあります≫ ここは家毎に邑がありました。 道路は瓦礫が寄せられていましたが・・・。 蟹洗い温泉前の6号国道
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≪漁船が道路に並んでいた所≫ セブンイレブンから新舞子に抜ける海岸道路
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≪コメリは全く進んでおりません。≫
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≪仁井田浦無料キャンプ場≫ この近くの海岸沿いに瓦礫置き場が作られておりました。無数の 瓦礫が分類されており前進の後が見えます。
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≪海岸沿いの瓦礫置き場≫
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≪菅波病院≫
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≪中学校近くの民家≫ 瓦礫置き場が設置されたため機動力の残っている家庭は、 気持ちの整理のついた順に片付けが進んでいるようです。 道の駅四倉とその周辺
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≪車数台の被害のあった家≫ 一見片付いているように見えますが空地を見ると・・・。
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≪隅に寄せられている瓦礫≫
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≪道の駅四ッ倉≫
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≪道の駅四ッ倉の船≫ ここは他県ボランティアと地元ボランティアの炊き出しのポイント になっております。
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≪ただ今炊き出し中≫ 地元ボランティアではおにぎりやいなりずしの・・・ 北海道ボランティアではラーメンの炊き出しがそれぞれありました。 ゴミ収集場 いわき市内でのごみ収集場所は以下の通り。 ①小名浜臨海工場団地内の北緑地グラウンド ②勿来市民運動場の仮置き場 ③四倉市民運動場(和具球場)  仁井田運動場(四倉地区)での家庭から出た災害ごみの受け  入れは、容量に達したため17日で終了。18日から新たに四  倉市民運動場で受け入れる様になったようです。 毎日午前9時~午後4時、持ち込み可。 「可燃ごみ」「不燃ごみ」「家電ごみ」「がれき類」に分別。 生ごみなど腐敗する物などの持ち込み不可。 一般ごみはごみカレンダー通り収集。 四倉市民運動場
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≪受付です≫
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ここは地元では和具球場と呼ばれている所。 廃棄物はきちんと分別されております。 私の少年時代にも馴染みがある場所です。小学校時代は子供会 のソフトボール大会の会場になっていました。 中学校時代はマラソン大会のスタートとゴール地点。 ステッカー 前ブログのカッティングシートに続きマグネットシートも購入。 1枚\500です。
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原価を引いた分がいわき市の被災地へ寄付となります。 レガシィ・アウトバックの後方両サイドにこのステッカーを見かけ たら私だと思ってください。 ---------------------------------------------- GW後半から瓦礫撤去のボランティアも入る様になってきたようで、 商店街にある家庭のお手伝いをしているとのことです。  ツイッターを通したボランティアのネットワークは素晴らしいと思いま す。名声を求める訳でもないこの方々の行動には感服するばかり です。今の被災地はこの方々に支えられていると言っても過言で はないと思います。体を壊さない様に気を付けて下さい。 ----------------------------------------------- 久ノ浜は最近、規制線が解除になりました。 私も縁のある所なので行ってみましたが・・・・。 豊間、薄磯も凄いと思いますが、こちらは時間が止まっている ようで、援助の手が急務と思われます。 写真も撮りましたが、とてもここに載せる気にはなれません。 特に「久ノ浜幼稚園」の姿は見るに堪えません。海沿いにあり、 環境は最高だったと思います。ここにいた園児たちの無事を祈 らずにはいられませんでした。

【震災復興】 復旧の足掛かり いわき市四倉の名店 「大川魚店」

四倉と言えば港町そして港町と言えば「さかな」 四倉で魚と言えば「大川魚店」です。 ここが元気になってもらわないと四倉に活気は戻らないと、私は 勝手に思っております。 以下が紹介です。  HPより。 大川魚店は、福島県いわき市北部の 港町四倉にある魚屋でございます。 毎日、舌のこえた港町のお客さまに、 仕入れた新鮮な魚貝類やお刺身、手作り のお惣菜などを販売する鮮魚専門店。 いわきの名産、七浜漬(登録商標)や 魚介の新しい美味しさを探求した 粕漬、味噌漬、明太漬、天日干し干物の製造と 販売などを行う浜の名産品専門店。 2つのお店が2006年7月に一つに生まれ変りました。 先代から受け継いだ、伝統の技、家伝の味を守り、 【素材】【製法】【手造り】、の3つにこだわった 大川の漁、浜の名産品をどうぞお楽しみください。 【素材のこだわり】 毎朝市場、港に通い、厳しい目と手で素材を見極めています。 【製法のこだわり】 素材に応じた下処理、漬け時間、干物の天日干しなど、 魚の旨みを最大限引き出すよう仕上ています。 【手造りのこだわり 】 職人が商品一つ一つに目を通し、全て手作業でお作りしてい ます。 外観の写真は・・・
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私も帰省最終日にここへ寄って商品を買わせていただきました。
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≪「ふのり」 と 「蒸うに」の缶詰です。両方とも大好きです≫
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≪この缶詰は100g入りとなっています≫ 「ウニの解説」HPより 5月~8月に三陸で獲れる美味しい時期のウニを、そのまま蒸し 上げ、ていねいに詰め込んだうにの缶詰。豊かな海の香りとうに の風味、しっとりとした舌ざわりが絶品です。 わさび醤油などにつけて、そのままお召し上がりいただくか、うに 飯などにしても美味しくお召し上がりいただけます。 今回の震災で津波の被害も受けましたが、何とか開店に漕ぎ着け た様です。これからも応援します。 大川魚店HPです。商品の少ないところはありますが徐々に回復くしてほしいですね。 ここから、震災から現在に至るまでの軌跡も見る事が出来ます。 通信販売もやっております。 あまりお金はありませんが、生まれ育った地域へ貢献をしたいと 思います。がんばれ!! 四倉町民の台所
posted by アウトバックダブルアール at 23:26Comment(0)TrackBack(0)

GW前半3連休。我が家の修理へ・・・。絆創膏貼って来ました。

GW初めの3連休・・・。3/11、4/11、4/12の地震でダメージを受けた 実家の修復のために帰省。 いわき市内で被害が大きかったのは薄磯、豊間、永崎地区だそ うです。久ノ浜は先日まで原子力発電所の30キロ圏内の規制線 が張られており、立ち入りが出来ませんでした。現在は解除されて おります。 3日間滞在していましたが、未だに地震が大活躍。発破の様な 「ドン」という音の後で一気に大きな縦揺れです。 直下型の縦揺れは迫力満点です。あまり味わいたくありません。 しかし、この地震ばかり・・・。 で、我が家の修復状況です・・・・。
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≪シーリングで壁のヒビを埋めるBOΦWYS≫ はっきり言って、ダメかもしれない。と言うのが本音です。 生活排水の側溝が我が家の後ろにあるのですが、側溝の内壁の 我が家側が1.5Mの長さで崩れており、2件分の生活排水の40 %は我が家の地下に流れていると思われます。
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≪側溝壁・・・粉砕・・・。≫ さらに4軒ほど東に行くと・・・・
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≪ブロック崩し・・・≫ 後ろの並びの建物の石垣が崩れて、我が家を突破した生活 排水が同じ並びの生活排水と合流しここで溜まり、写真左側の家 の地下を通り、道に噴き出します。 地域丸ごと危険信号。 ---------------------------------------------------- 風呂の蒸気も遮断したいのでタイルの補修です。
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≪風呂のタイルもヒビだらけ・・・浮いている所、不安定なタイルを   落としてシーリングで埋めます≫ オペレーションネーム「ばんそうこう」です。 後は家の勾配ですが、南東に向かって傾きが出来ております。 3/27、に行った時は「おや!!」と言う感じでしたが、今回は立つ と傾く。歩くと加速しているのが分かります。座っていると体が無理 な態勢に・・・。 屋根を見ても瓦がずれているのが分かりました。 --------------------------------------------------- 近所では地域の岩盤調査がはじまり、ボーリングをしている姿も 見られます。
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余震と原子力発電所の脅威が終わらないと前へは進みにくいで す。 地震、津波、風評、放射能・・・いわき市の4重苦。 しかし、地元でステッカーを購入 ↓  ↓ http://www.mizdesk.com/gbpi/gbpi_photo.html
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≪カッティングシートをBOΦWYSが貼っています≫
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≪地元言葉で・・・「がんばっぺ!! いわき」・・・・≫ マグネットも2枚購入しました。当然おつりはいわきの復興、復旧 へ回させていただきました。 がんばっ! いわき ----------------------------------------------------- 3日間の地震発生状況。赤字が福島県の震源地のものです。 気象庁発表の地震情報 1日21時55分頃 岩手県沖 M3.6 震度1 1日21時30分頃 秋田県内陸南部 M2.5 震度2 1日21時12分頃 秋田県内陸南部 M2.5 震度2 1日20時47分頃 宮城県沖 M3.8 震度1 1日20時01分頃 福島県浜通り M3.4 震度2 1日19時35分頃 岩手県沖 M4.2 震度1 1日19時31分頃 茨城県北部 M3.4 震度1 1日19時23分頃 福島県沖 M4.0 震度1 1日19時22分頃 茨城県沖 M4.4 震度2 1日18時36分頃 茨城県北部 M4.0 震度3 1日18時32分頃 宮城県沖 M3.8 震度2 1日18時14分頃 福島県浜通り M3.2 震度1 1日16時04分頃 茨城県沖 M4.5 震度2 1日15時51分頃 千葉県北西部 M2.5 震度1 1日14時12分頃 福島県沖 M3.3 震度1 1日14時06分頃 福島県沖 M4.4 震度3 1日13時40分頃 福島県浜通り M3.4 震度1 1日12時57分頃 宮城県中部 M2.4 震度1 1日12時37分頃 福島県浜通り M3.8 震度3 1日12時28分頃 宮城県沖 M4.1 震度1 1日12時26分頃 福島県沖 M4.2 震度2 1日11時48分頃 福島県沖 M4.6 震度4 1日11時44分頃 山形県置賜地方 M3.0 震度1 1日11時31分頃 宮城県中部 M2.5 震度1 1日11時26分頃 茨城県北部 M2.8 震度1 1日11時22分頃 福島県浜通り M3.0 震度2 1日10時59分頃 福島県浜通り M2.7 震度1 1日10時56分頃 福島県沖 M4.1 震度3 1日10時45分頃 埼玉県南部  M4.1 震度3 1日10時27分頃 茨城県沖 M4.4 震度3 1日09時02分頃 福島県浜通り M4.2 震度3 1日08時24分頃 茨城県沖 M4.3 震度2 1日08時08分頃 茨城県沖 M4.4 震度2 1日08時04分頃 岩手県沖 M3.8 震度1 1日07時48分頃 福島県浜通り M3.5 震度1 1日07時04分頃 千葉県東方沖 M3.4 震度1 1日03時07分頃 宮城県沖 M3.6 震度1 1日02時12分頃 茨城県沖 M5.0 震度3 30日22時25分頃 福島県浜通り M2.4 震度1 30日22時22分頃 茨城県沖 M3.6 震度1 30日21時57分頃 福島県浜通り M3.6 震度2 30日19時46分頃 宮城県沖 M4.0 震度1 30日19時45分頃 秋田県内陸南部 M2.0 震度1 30日19時31分頃 宮城県中部 M2.4 震度1 30日19時28分頃 宮城県中部 M3.1 震度2 30日19時21分頃 茨城県沖 M3.8 震度1 30日17時35分頃 台湾付近 M4.8 震度1 30日17時18分頃 茨城県沖 M4.0 震度2 30日15時33分頃 福島県沖 M3.7 震度1 30日15時04分頃 茨城県沖 M4.6 震度3 30日14時47分頃 福島県沖 M4.5 震度4 30日14時29分頃 茨城県沖 M4.2 震度3 30日14時06分頃 茨城県沖 M5.3 震度4 30日13時46分頃 千葉県東方沖 M3.1 震度1 30日12時56分頃 栃木県北部 M2.2 震度1 30日10時54分頃 岩手県沖 M4.2 震度2 30日10時34分頃 宮城県沖 M3.8 震度1 30日10時05分頃 千葉県東方沖 M3.7 震度1 30日09時53分頃 茨城県沖 M3.3 震度1 30日09時22分頃 福島県浜通り M2.7 震度2 30日07時53分頃 千葉県東方沖 M3.1 震度1 30日07時28分 30日07時23分頃 茨城県南部 M3.4 震度1 30日07時19分頃 宮城県沖 M5.2 震度3 30日06時11分頃 茨城県沖 M4.0 震度2 30日05時49分頃 福島県浜通り M3.2 震度1 30日05時42分頃 福島県沖 M4.6 震度1 30日05時21分頃 茨城県北部 M3.6 震度2 30日04時41分頃 長野県北部 M2.6 震度1 30日04時32分頃 福島県沖 M3.6 震度1 30日04時11分頃 群馬県北部 M2.6 震度2 30日03時44分頃 宮城県沖 M3.7 震度1 30日02時04分頃 千葉県東方沖 M4.8 震度3 29日23時33分頃 茨城県沖 M3.9 震度2 29日23時32分頃 福島県沖 M3.8 震度1 29日22時27分頃 福島県会津 M2.3 震度1 29日22時02分頃 岩手県沖 M3.9 震度1 29日21時54分頃 千葉県南東沖 M4.3 震度1 29日21時24分頃 茨城県北部 M3.1 震度3 29日19時31分頃 長野県北部 M3.3 震度2 29日17時29分頃 茨城県沖 M3.9 震度2 29日15時54分頃 岩手県沖 M4.8 震度4 29日15時54分頃 岩手県沖 M4.8 震度4 29日14時59分頃 宮城県沖 M3.3 震度1 29日14時45分頃 福島県沖 M3.7 震度2 29日14時30分頃 福島県沖 M4.1 震度1 29日13時38分頃 種子島近海 M4.5 震度3 29日13時08分頃 熊本県熊本地方 M2.9 震度1 29日13時01分頃 隠岐島近海 M4.1 震度2 29日12時56分頃 隠岐島近海 M4.2 震度1 29日12時09分頃 伊予灘 M3.4 震度1 29日11時50分頃 福島県浜通り M3.2 震度2 29日10時25分頃 宮城県沖 M4.1 震度1 29日10時14分頃 福島県沖 M5.2 震度1 29日09時54分頃 福島県浜通り M2.8 震度1 29日09時00分頃 北海道南西沖 M4.1 震度2 29日08時49分頃 福島県浜通り M3.5 震度2 29日07時24分頃 新潟県中越地方 M1.8 震度1 29日07時22分頃 新潟県中越地方 M3.6 震度3 29日07時04分頃 福島県沖 M4.3 震度2 29日05時59分頃 宮城県沖 M4.7 震度1 29日04時22分頃 宮城県中部 M2.5 震度1 29日03時56分頃 茨城県北部 M2.8 震度2 29日03時53分頃 長野県南部 M2.7 震度1 29日02時35分頃 福島県浜通り M3.5 震度2 29日02時18分頃 岩手県沖 M4.2 震度3 29日02時14分頃 茨城県北部 M2.8 震度2 29日01時44分頃 宮城県沖 M3.8 震度2 29日01時24分頃 茨城県北部 M3.0 震度1 29日01時22分頃 福島県浜通り M3.4 震度1 29日00時13分頃 福島県浜通り M2.4 震度1